「スピリチュアル」という言葉を避ける理由

「スピリチュアル」という言葉には、不思議な力や目に見えないものに頼るイメージがある。
それが悪いわけじゃないけれど、私にとっては少し違和感があるのだ。

私は、感覚70・理論30くらいのバランスを基本にしている。
直感や身体の感覚を大切にしながらも、理論や知識もちゃんと活かす。
取り組むことによって、このバランスは変動するけれど、私にとってはこの「感覚と理論の調和」がすごく心地いい。

それに対して「スピリチュアル」という言葉には、感覚90~100くらいの雰囲気がある。 占いやヒーリング、エネルギーワークなどは私も好きだし、面白くて役立つものも多い。でも、どうしても、特定の人たちの間でしか通じない独特な言語のように感じてしまうことがある。そうすると、初めて触れる人にはとっつきにくさや不安を感じさせてしまうこともあるだろうな、と思う。

「感覚を開くこと」をもっと自然に

私が本当に伝えたいのは、「感覚を開くことは、もっとシンプルで日常的なもの」だということ。

・好きな服を着て、気分が上がる感覚
・自然の中にいて、ふっと心が軽くなる感覚
・人と話して、なんとなく「この人、好きだな」と感じる直感

こういう日常の中にある「感覚」をもっと意識すると、人生はもっと楽しくなる。
だけど、それを「スピリチュアル」と呼ぶと、一部の人にはハードルが上がってしまう。

「スピリチュアルなことを信じますか?」と聞かれると、身構える人は多い。
でも「好きな色を身につけると元気が出ることってあるよね?」と言えば、共感してくれる人は増える。

だからこそ、私は「スピリチュアル」という言葉をあえて使わず、もっと自然な感覚の延長線上にあるものとして伝えたい。

感覚と理論、どっちも大事

「感覚を開くこと」と「スピリチュアル」を切り離したい理由は、もうひとつある。

それは、「感覚」と「理論」を対立させたくないから。

「直感なんて当てにならない!」という理論派の人もいるし、
「頭で考えすぎると、本当に大事なものを見失う!」という感覚派の人もいる。

でも、私の理想はそのどちらでもなく、バランスを取ること。
感覚を開いて、自分の気持ちや直感を大切にする。
でも、それだけに頼るのではなく、理論や知識も組み合わせる。

例えば、服を選ぶときもそう。
「この色が好き!」という感覚は大事。
でも、「この色はこういう心理的効果があるよ」と知ることで、
より納得して選べるし、自分に自信が持てる。

感覚も理論も、どっちも大切にした方が、きっともっと世界は広がる。なぜなら私自身がそうだから。(詳しくはまた今度)

「スピリチュアル」に代わる新しい言葉を探している

できれば「スピリチュアル」に代わる言葉をつくりたい。

今のところ、「センス(感覚)」と「リズム(調和)」という言葉が近い。
引き続きしっくりくる表現を模索中だけれど、感覚と調和を大切にする考え方として、この二つのイメージが近い気がしてる。

特別なものではなく、日常の延長にあるものとして。
感覚をもっと自由に楽しめるように。

「スピリチュアル」じゃなくても、心地よさや直感、流れに乗る感覚を大事にしていい。
それはきっと、私たちがもっと自分らしく生きるヒントになる。

感覚を開放しよう。
でも、それに溺れるのではなく、ちゃんと自分の軸を持って。

私は、そんな世界を伝えていきたい。